探偵 永見

 SF作家、ホラー作家、ライトノベル作家と縦横無尽の活躍を繰り広げる田中氏の処女作(鮎川哲也の『本格推理』入選作)をシリーズ化したもの。ミステリです。
 永見というと、つい思い出してしまうのが、同じサークルにいた友人が、付き合いの長い友人の名前を永見ではなく、氷見 と書いてしまったこと。いまでも、思い出しては苦笑いしてしまいます。
 そんなわけで、永見永見と作中で主人公の名前が連呼されるとどうにも奇妙な笑いがこみ上げてきた仕方がありません。
 
 閑話休題
 
 短編集です。
 探偵役であるジャズ サックス奏者の永見と、ワトソン役であるベテラン奏者”私”のコンビで事件を解決するというもの。読んでみてすぐに気がつくのが、作者の落語探偵シリーズものとほとんど同じ構成であること。あちらとは人称の違いはあるものの、身近で起きた事件を落語、あるいは音楽に絡めて探偵が解く というパターンといい、人情話のような後味のよさといい、いわれなくても読めば同じ作者のものとわかるはずです。
 といって、それが欠点というわけではなく、作者の持ち味が生かされたよい本になっています。
 
 しみじみ思うのは、なるほど、田中啓文はここから来たんだなあということ。
 自身の好きなジャズを題材に選んでいますが、中身は話というよりは噺。
 ワトソン役の私も、ほとんど「ご隠居」「だんな」。
 抜群のセンスと洞察力を持つものの世事には、とんと疎く、空気が読めない永見は「くまさん」「はっつぁん」あるいは「権助」。
 謎も、あっと驚くような仕掛けというよりは、どちらかといえばとんちの部類。
 
 おかしな褒め方かもしれませんが、重厚な読み物に疲れたときの、はしやすめに向いた小品。
 
 オススメです。
 
 ※ 田中啓文ですが、グロ、駄洒落、ギャグはありません。